2018年4月1日
Nadine Ribault「マルドロールの歌」展
Nadine Ribault「マルドロールの歌」展
この2018年4月7日(土)〜22日(日)まで、東京・恵比寿の画廊「LIBRAIRIE6」にて、ロートレアモン作「マルドロールの歌」に着想を得たナディーヌ・リボーの作品展が開催されます。 ナディーヌ・リボーは、シュルレアリスムに深く影響を受けた現代フランスの作家として、数々の詩集、エッセイ等を発表しており、日本にも2度滞在、特に2009年から2014年まで京都に暮らした異色の作家です。
また、本業は作家でありながら、その稀有なインスピレーションにより、コラージュやデッサンを手がけており、2014年には弊社が詩集及びコラージュ作品集を刊行していますので、その特異な作風を御承知の方も多いかと存じます。
今回展示される主要作品は、木炭、インク、鉛筆、顔料、パステルを使用した33点のドローイングです。いずれも「マルドロールの歌」の有名な章節(《太古からの大海原》、《パリの下水道のコオロギ》、《トローヌの市門めがけて翔ぶ梟》などの有名なくだり)や、印象的なフレーズ、人類への呪詛の言葉などからインスピレーションを得たもので、その章節のくだりが、それぞれのドローイングに、松本完治氏の新訳付きで展示されることとなっています。
Nadine Ribault「マルドロールの歌」展
「マルドロールの歌」は、すでにフランス文学の古典として位置づけられていますが、ナディーヌ・リボーの読み方はそれとは違います。作品そのものより実際の生き方を重んじた、かつてのシュルレアリストと同様、あるいは、ロートレアモンことイジドール・デュカスを再発見してその価値を人類で初めて看破し称揚したアンドレ・ブルトンと同様、彼女は「マルドロールの歌」を、人類への愛憎と悲哀、その裏返しとしての造物主への激しい叛逆と呪詛を読み取り、魂で感じ、今世紀の末期的な物質文明と、殺伐たる現代世界に対峙し得るものとして、その精神を感受しています。
展示されるドローイングの総題は、《Nous sommes dans une nuit d’hiver》なのですが、このフレーズは、「マルドロールの歌」のくだりから引用されたものです。直訳すれば、「我々は冬の夜にいる」、すなわち、「今は冬の夜だ」あるいは「今は冬の夜の時代だ」と読むことができ、現在の21世紀世界に対する隠喩でもあります。この題名で、今回展示される作品集がすでに本国フランスで刊行されているのですが、(いずれ弊社でも邦訳版を刊行する予定ですが)、当書に書かれたナディーヌ・リボーの緒言は、展示作品や「マルドロールの歌」の精神を美しくも感動的に語っているので、次に紹介しておきましょう。
ロートレアモン、雨と降る流星のように美しい叛逆のポエジー

 2013年から2016年にかけて、私が『マルドロールの歌』に立ち戻ったのは、まったくの偶然ではありません。2011年、突如発生した福島の原子力災害によってもたらされた、打ちひしがれた感情は、ずっと私の思考を占め続けていました。私は破壊、惨劇、恐怖、権力を持つ支配者の連中が及ぼす影響を目の当たりにしました。彼らは、住民の保護を命令しながら、考え得る最大限の死の危険に住民をさらしたのです。この事態は、災害そのものと同様、私のなかで解決されないままですが、起こってしまった以上、同じ考え方を続けることはできません。爪で私の脳に切り傷をつけるような権力者たちの触手に胡散臭さを感じざるを得ませんでした。その触手から人々に宗教的ともいえる古い考え方が再び生じるのです。すなわち、失って苦しんだあとに、人間はより良き素晴らしい復興を成し遂げることができるという考え方です。それはある一定の連中が、ちっぽけな存在をより巧妙に絡めとるために事態を偽装する、つまり、しなやかに適応して生き延びる復元力(レジリエンス)を押しつけているということです。私のなかで、この出来事から起こった拒否のうねり、それに続いて起こった衝撃、そして危険な思想形態への揺り戻しは消えてはいませんでした。そして私は、その出来事から日が経つにつれ、拒否のうねりが大きくなり、少女時代に、途方もない極端な暴力によって人間の人間による殲滅行為が行われた二つの世界大戦の恐怖、そして広島における究極の廃墟を知った時と同じ状態にある自分を発見したとさえ言えるでしょう。当時、私は本の中でしか自分にとっての解決を見出せませんでした。そのなかの特別な一冊が『マルドロールの歌』だったのです。
 私はこの雨と降る流星のように美しい叛逆のポエジーにずっと魅了されてきました。そこでロートレアモンは、イマージュの無限に向かい、この世界をあるがままに受け入れることの不可能性を冷静に昇華してみせたのです。私は『マルドロール』を読み返しました。それからインクを手に取り、デッサンの連作に取りかかりました。顔料に余分な水を含ませた刷毛で、外枠、扉を素描し、拭きこすり、『マルドロール』の破滅的なイメージ、特殊な雰囲気、鮮やかな一節に結びついたヴィジョンが私のなかに立ち現われ、その様相を描き上げたのです。このデッサンの編集に尽力いただいたロール・ミシィに深甚の感謝を表するとともに、私は、この本質的な作品を恐怖の忘却の底に落とし込むことを拒否する人々、私たちの常軌を逸した殺人的な文明がそこで読むことのできるこの作品をあくまで読み続け、なおも人類の行く末を気にかけ、たとえ絶望し、もがき苦しみ、格闘したとしても、〈生〉の普遍的な意味が打ち棄てられていることに対して、敗北主義者であることを拒否する人々に、この書を捧げます。
ナディーヌ・リボー
(訳/松本完治)
「LIBRAIRIE6」でもこの緒言は紹介されており、当ギャラリー・スペースで、ナディーヌ・リボーのドローイングと「マルドロールの歌」が融合した叛逆的な宇宙を、ぜひ感得されることをお奨めします。
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