2004年10月21日
生田耕作没後10年記念出版  鴨東忌に刊行
このたび、ヘンリー・ミラー最晩年の名著『母、中国、そして世界の果て』が、当社から本邦初訳で上梓の運びとなりました。 この著は、ミラー84歳に書かれたもので、その四年後に彼はこの世を去るわけですが、まさに白鳥の歌とも言うべき名篇で この地上での営みに対する悲哀を乗り超えた感情が流露して、読む者の胸を打ちます。文学者とか小説家としてではなく、 ヘンリー・ミラーという一個の人間が、自らの死、自らの長い人生の終止符を前にして綴った魂の告白ともいえるものでしょう。

その名篇が、このたび生田文夫氏の定評ある訳筆によって紹介されたことは、誠に感慨深いものがあります。と申しますの も、訳者の御父君である、仏文学者・故生田耕作氏は、ヘンリー・ミラーを愛し、また晩年にはこの名著を愛読されていたか らでもあります。 訳者の生田文夫氏に伺いますと、死を前にしたミラーの心情を綴った本書に対して、同じく自らの死を予感していた晩年の 生田耕作氏は、己れの心情を重ね合わせるかのように、限りない共感を持って愛読されていた、と述懐されています。

ということで、氏の没後10年目の10月21日鴨東忌に、本書が刊行できましたことは大変感慨深く、版元としても光栄に思う次 第でございます。

刊行にあたりましては、〈生田耕作没後10年記念出版〉と銘打たせていただきましたが、当社にとっても、氏の没後10年目に 際して、ひとつの節目にしたいという思いを込めております。 氏の最晩年に人文書院から刊行されました発言集成『卑怯者の天国』の冒頭インタビューにもありますように、氏は、大衆文 化、マスコミ文化が文芸界を席巻する東京の出版界を痛烈に批判しつつ「優れた文化が生まれる条件は孤独と瞑想ですよ」 と言われ、京都での個性ある独立の旗揚げを強調されました。 それは、まさに氏が後半生を費やして獲得された揺るぎない信念として、大変重みのある言葉でした。

当社は、まだ旗揚げもできぬほど微力であり、文化という言葉を口にできる素養もない若輩の衆ではありますが、氏の没後 10年目を節目として、ここ京都の静謐の地から、忘れられた良質の書をさらに世に送り出したいと決意を新たにする次第で す。
そしてインタビューにおける、氏の次の言葉を肝に銘じまして、何とか継続的に出版活動を展開していきたく存じますので、 読者の皆様方の変わらぬ御支援をお願いしまして、記念出版刊行の御挨拶とさせていただきます。

- アヴァンギャルドの風は〈非東京〉から吹く 孤独を恐れず独立の旗を掲げよ-
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