2018年11月05日
『シュルレアリストのパリ・ガイド』刊行
常々、仏文学者・生田耕作氏は、晩年、いわゆる《文化風景論》を唱えられていました。かつて日本がバブル経済に沸き立っていた頃、京都の鴨川にダムを建設して三条大橋の川辺に近代的公園を造成するという京都府の計画が持ち上がった時、これに憤激した生田氏は、江戸期の鴨川や東山風景を描いた肉筆画や浮世絵、書画や漢詩集等を、自分の蔵書を売り払いながら蒐集し、その多彩なコレクションを二度にわたって「鴨川風流展〜滅びゆく美への愛惜と、迫りくる野蛮時代への怨念をこめて〜」と銘打って展覧会を開催されました。
鴨川風流展DM、1989年5月
当時、府のこの計画に対して、鴨川の自然環境保護とか、川底を掘れば危険となり子供の遊び場がなくなるとか、そんな反対論者がほとんどでした。文化人や学識者は、寺院等文化財的建造物の破壊には反対の声を上げますが、江戸期から残存する全体的風景の核の破壊には何ら声を上げません。《風景は文化なり》と正面切って、時の為政者に烈しい抗議を仕掛けたのは、生田耕作氏をおいて他にいなかったのです。まさに孤立無援の闘いのなか、生田氏はコレクションの集成版として『鴨川風雅集』(1990年、京都書院刊)を刊行、当社も援護射撃として『鴨川を哭す』という檄文冊子(本文は『鴨川風雅集』後跋に収録)を印刷・配布しましたが、そうした執念と努力の甲斐あって、鴨川改修計画は断念されました。
《風景は文化なり》という生田氏の信念は、単に文化財として保存すべきというような表面的なものではありません。そこに日々生活する人々の目や脳裏に、風景は、長い時間をかけて知らず知らずのうちに沁み込んでいき、感覚や精神性に大きな影響を及ぼすもの、そう生田氏はおっしゃられていました。つまり、時代ごとにその時代の雰囲気というものがあるように、風景は街の雰囲気や《息づかい》を醸成し、それが人々の日々の生活感情に入り込んで、感性の在り方や、ひいては人生観や世界観にまで影響を及ぼすのです。
鴨川改修計画批判の冊子類
かつて日本には、人間の精神に最も大切なもの、《詩性》というのでしょうか、《ポエジー》を喚起し発揚させる風景がありました。風景と人間の生活が融け合い、その融け合い方によって最高度の《ポエジー》が発揚されるのです。江戸期から20世紀前半まで、鴨川両岸をはじめ、隅田川両岸、東京下町…などを素地に、どれほどたくさんの詩や芸術作品が生み出されたことでしょう。それらの作品は、単に風景を描写したわけではありません。風景を媒体に醸成された感性の燦めきが表現されているのです。
長々と語りましたが、その意味で、このたび刊行した『シュルレアリストのパリ・ガイド』は、パリの風景を語った本でもなければ、風景の保存を訴える本でもありません。「その発祥地であるパリなくしては、シュルレアリスムは、理解されることも、感知されることもない」というアンリ・ベアールの言葉どおり、日々、パリの街を歩き、生活していた彼らシュルレアリストの感性のありかは、パリの街の風景とそこに醸成された《息づかい》と切っても切れぬ関係にあることをテーマにした本です。シュルレアリストにとって、パリの風景、歴史、地形、そこに流露する《息づかい》が何ゆえに誘惑の対象であったのか、彼らの感性と思考をたどった本と言えるでしょう。
現代のパリ(サン・ジャックの塔とモンマルトルの丘)
100年近く前のシュルレアリストが歩いたパリも、当然のことながら、功利優先の経済至上主義の影響で、変化を余儀なくされています。かつては一般庶民も住めたサン・ジェルマン・デ・プレ周辺の街区は、今や超富裕層の居住区となり、シュルレアリストの拠点であったブランシュ広場も、風趣あるカフェが、ファーストフードのチェーン店に取って代わられる例が相次いでいます。しかし、我が国の現状──大空をほとんど塞ぎ、いびつなビルの影に覆われる乱脈なコンクリート・ジャングルと化した東京、町屋とコンクリートと電柱・電線が乱立する京都、日本全国どこへ行っても同じように無個性で雑多なビル群が乱立する地方都市──等、かくまでに散文的で味気ない風景を顧みれば、まだしもパリの変化は遥かに小さいものだけに、かつてのパリの《息づかい》を感じ取れる可能性が残されていると言ってよいでしょう。
もちろん、シュルレアリストが誘惑されたかつてのパリを捉えるには、ある程度のイマジネーション、つまり幻視の力を持たねばなりません。それを少しでも手助けしようと、本書は、著者である松本完治氏の他、現代フランスの碩学アンリ・ベアールとエマニュエル・ベルルのエッセイの翻訳を付け、73箇所に及ぶシュルレアリストゆかりの場所を紹介、関連写真図版70点、パリ地図12点を収録し、読者の皆さんをかつてのパリへ誘おうというわけです。ナジャとブルトンが歩いた足跡、デスノスが生きたパリ、エロティックなパリ、叛逆と革命のパリ、神秘と錬金術のパリ……読者の皆さんにはぜひ、圧倒的な西洋物質文明の御本尊でもあるパリの街に、彼らシュルレアリストがその文明に抑圧され続けてきたものを幻視するダイナミズムを感じ取っていただければ幸いです。
エディション・イレーヌ創立35周年&新刊出版記念トークイベントの御案内
1983年5月、生田耕作氏のお声かけで設立した当社は、休止期間が長かったものの、何とか細々と今日まで出版活動を続けてこられました。これも長きにわたる皆様のご愛顧のたまものと感謝しつつ、ささやかではありますが、氏の想いと生きた時代を振り返り、氏の精神的姿勢の真相、その人となりと生きざま、時代の雰囲気、シュルレアリスムに対する想い等々、縦横にお話をさせていただきたいと思います。
なお、当日は、ご参加いただいた皆様へのご奉仕として、会場にて、当社刊行物のうち、手に入りにくい出版物を廉価販売させていただきます。
完全予約制(先着順)ですので、会場のLIBRAIRIE6・シス書店までお電話(03-6452-3345)ください。お待ち申し上げております。
エディション・イレーヌ創立35周年&新刊出版記念トークイベントの御案内
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