このたびマンディアルグの短篇小説を、山下陽子さんの素晴らしいコラージュで飾り、アトリエ空中線・間奈美子さんの色香漂う瀟洒な造本で刊行することができました。山下陽子さんの作品は、一昨年に発表された『オペラ・アイテール』以来、ますますその魅力が際立っており、今回の挿画はその頂点を極めるものではないかと思っています。版元として大変ありがたく、彼女の超現実的な作風が、マンディアルグの小説をさらに驚異的なものにしているさまを、ぜひ読者の皆様にご堪能いただきたく思います。
造本についても、間奈美子さんの素晴らしいセンスにより、贅を凝らした仕上がりとなりました。アンドレ・ブルトンが最も好んだという黒とピンクの組み合わせを基調として、白いレース様の帯が、高価な下着を匂わせて、何ともエロティックです。メッシュ仕様の黒色カバー紙に箔押しを施した上品さもさることながら、とりわけ注目すべきは、本文用紙に使用しているピンクの特殊紙です。一見、ごく普通のピンクの紙に見えますが、その微妙な色合いや絶妙の薄さ、そして質感により、インクの乗りもよく、山下陽子さんのコラージュが綺麗に印刷されています。
間さんに伺いますと、このピンクの特殊紙は、需要がほとんどないため、すでに廃版が決定されていた稀少紙で、紙屋さんが残部僅少のこの特殊紙を掻き集めて、何とか『薔薇の回廊』普及本及び特装本の分量の紙が確保できたとのことでした。つまり、すでにこのピンク色特殊紙は、我が国にはほとんどなく、この本をもって最後ということで、本書を同じ紙で増刷又は再版することが不可能ということなのです。
効果・効率最優先の思考法やシステムが、需要が少ないという理由のみで、味のある紙を廃止し製造しないという現実、そのことにより、真に美しい造本がますます困難になっていく時代の趨勢に、またもや暗澹とします。しかし間さんのご努力のおかげで、何とか廃版寸前に間に合い、読者の皆様には、この紙を存分に味わっていただけるものと喜んでいます。(詩人でもある間奈美子さんは、京都加茂川のほとりの洋館アパートメントで、今年7月、長年の夢であった詩学研究室「ポエジウム」を開校されました。日曜だけの書店も開店されていますので、ぜひお立ち寄りください。)
また本書は、弊社刊行のジャン・ジュネ詩篇『愛の唄』以来、7年ぶりに特装本を、来月に刊行することになりました。前回の『愛の唄』では、夫婦函入りでしたが、今回は特製引出函入りということで(函に貼る薄桃色特殊紙も廃版でした。何とひどい時代になったことでしょう!)、引出函の上部に美しいボタンを取りつけます。そうすることで、《美装本を取り出すために、ボタンを引っ張る》=《美しい身体を剥き出しにするために、服を脱がす》という本書の内容に似た感覚も味わえ、よりエロティックに仕上がるのではないかと楽しみにしております。
さらに特装本には、挿画に使用された山下さんの銅版画一葉をハーネミューレ紙に刷って引出函に入れてあります。コラージュ、フォトプレート、グラヴュールの技法を組み合わせた、日本でも最高の技法による山下さんの最高傑作です。本の装丁もフランス装に衣装替えし、普及本とは趣を異にしたシャープな質感の黒色カバーを使用しています。出来上がりは11月17日、実はこの日から11月27日まで、東京高輪の啓祐堂ギャラリーで、山下陽子作品展『薔薇の回廊』が開催されます。それに合わせての刊行ということで、ギャラリーでは特装本も販売されますので、ぜひ読者の皆様にも、山下さんの傑作と特装本をご高覧いただければ幸いです。